「Oh Yeah, All Right!」(忌野清志郎 完全復活祭 追加公演 in京都会館第一ホール)

 頂きました
別れがあるのと等しく、出会いだってある。そんでその出会いの中には、再会ってご褒美が混じってたりする。道が別った時があっても、愛し続けてれば、いつかどこかでまた道が交わる時があるかもしんない。それがいつか、どこかは分かんない。でも続けてさえいれば何があるかも分かんない。
KINGでGODで夢助。そんなあんたに言って欲しい言葉があるんです。あんたから聞いて欲しい言葉があったんです。たったひとつ、変わらないメッセージをあんたに叫んで欲しいんです。
「愛し合ってるかい?」モチロン!!
その歌たちが愛されてる限りその存在って終わらずに生きてるんだって証明されてる気がした。愛されて鳴らされて響いてく限り、その歌はその存在は今のものとして生き続けてくんだってことを思い知らされた。昨日の今日だからこそ、余計そう思った。本人の手を離れ歌そのものとして響いてく場合もあるだろうけど、ご本人が健在だからこそより鮮やかに、“今”の歌として輝いてる様にも思った。
その歌が誰かと過ごした時間だけ、重なる想いの層。重くのしかかるものなんかじゃなく、その質量に反する程軽やかに鮮やかに“今”を紡ぐ。想いを受け止めて繋げることができるキャパシティを持つ音楽。すげぇとしか言えない。私個人の感情としてキヨシローさん復活に感激する気持ちや、またあの曲この曲出会えた喜びに湧く気持ちもあるんだけど、そこんとこも含めた上でなんかいっことてつもないエネルギーにあてられて呆然としてんです。
GC11のジュンスカ体験ん時にも感じたのよ。歌の持つキャパと、媒介するご本人らと、その歌と存在に愛情を注ぐ人達。それらが渾然一体となって生み出す密度の高い空気。そこに“時間”は関係あるけど関係ない。んだろ、量としての時間は関係ないんだけど質としては関係あるというか。時間の厚みが存在する様で、そんなんまったく関係ないような。個人の経験を包括しながら、凌駕するような。あーうー、まだ上手く整理できない。
ただ一言でいうなら、これは続けてくことの凄みなんだろうなと思う。生きてれば、続けてれば、愛してれば、どこで交錯するか判んないものだということ。チャボさんがいて新井田さんがいて、そんで三宅さんを始めとしたナイスミドルバンドがいて、ブルーデイホーンズがいる。その真ん中に立つは忌野清志郎。幸せすぎて訳わかんねぇ。呼人さんが武道館での完全復活祭に抱いてた錯覚を、生んだ空気に私はあてられたんだと思う。会場を揺るがす想いの層に圧倒された。これぞ正に完 全 復 活!おかえんなさいGOD!!

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初っ端からのWドラムに沸いたり、変わらぬGODのシャウトに震えたりすれど、ひっそりキュンとしてたのがチャボさん三宅さん2ショット。三宅さんがさー、かっこいいって日頃しびれさせられてる三宅さんがさー、今宵はチャボさんの横でハシャイでるよで可愛いかったの。素敵な大人を少年に戻す憧れってもんは、少年を素敵な大人に育ててく肥料なんかな。