それ以上かもしんないけど、それ以下でもないこと

スパルタのプロモーションの中で今作とこれまでの違いって質問に「ドラムが違うこと」って一言コウセイは返してました。そっから少し昭さんの話になったんすが、その一言の背後にはたくさんの葛藤や諦めに哀しさとかあっても、でもやっぱその一言でしかない決意ってのを感じてドキドキした。同じ言葉(「ギターが違うこと」という発言)がここ一連のロストでもよく出てきてて、そこにも似た決意を感じてました。もちろん厳密な状況は違うから発言の手触りは変わってきますが、言われたこっちも心残りや感傷よりも背筋が伸びる感じ。こういうと軽いけども、「そっか」っていう。選択に対する納得(ただ私は納得と同意は別物だと想ってます)と、そこから生まれるものへの期待。
なんでこんな事想ってるかと言うと、最新Hでのレミインタビューがすごいおもしろくてね。私あんま古河さんに執着ないのでさらっと立ち読みでしたが、HORIZN時に山崎さんに責められた!って治くんが振り返って話してたの。<ムっとする神宮司くん>の話がまさか本人の口から語られる機会があるとは予想外だったんすが、今こういうことするって決めたこととこれからすることは別物でまたそん時考えるから、今そんなこといわなくたっていいじゃん みたいなまっとうな反論。
期待っていうのはエゴだって再々私は云ってますが、愛情を契機としてるからバランスが難しいもんだとも思うんです。それ以上かもしんないけど、そんくらいでいいもの、そんくらいでおいといていいもの、というか。そういう事を思うのです。
H買う気なかったけどこの発言記念と保存ににうっかり買いたいやも。しなやかな芯のあるドラムは好きなものの、個人に対してはわりと不可解な部分(ex治ワンマンショー)が多いんすが、いやー好きになっちゃうじゃん。